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第3話 呪詛のような言葉

Author: フクロウ
last update Last Updated: 2025-10-28 19:00:42

 平常心を装っていた美月の心音が、大きく跳ねた。

(──うるさい。うるさい。うるさい)

 美月は、弓を携えた。深く息を吸って心を落ち着かせようと試みる。いつもなら集中できるはずなのにすれ違いざまに言われた言葉に引きずられて、弓に集中できない。

 足を開き、弓を構える。弦《つる》に矢をあてがって引き絞る。そ動作の一つ一つの間に、美月の頭の中を駆け巡ったのは、過去幾度となく聞かされてきた同じような侮蔑の言葉だった。

「調子に乗るな」「男にこびてる」「男目当てなんでしょ?」

 それらの呪詛のような言葉を否定するように、美月は矢を放った。瞬間。結果は見えていた。

 軌道は全くデタラメに飛び、的を大きく外れた。拍手も歓声もなく、皮肉にも望んでいた静寂に包まれる。

 美月は、礼をすることも忘れるとうつむいたまま早足で弓道場を出ていった。

 蛇口を思いきり開ける。勢いよく吹き出た水が顔にかかった。冷たい感触が汗ばんだ肌には心地よかった。

 美月は流れる水を手のひらですくうと、何度か顔を洗った。蛇口を閉めると目の前に現れたのは白いタオルだ。

「はい、使って」

 穏やかな二俣《にまた》の声だった。最後の行射《ぎょうしゃ》が乱れてしまったから、情けなさはあったが美月は素直にタオルを受け取り顔を拭いた。

「ありがとうございます」

 振り返って頭を下げると、改めて顔を見る。眼鏡の奥に見える細い目は気にしてないとでも言いたげに、微笑んでいるように見えた。

「タオルもらっておくよ」

「いえ、いいです。部の物なのでこっちで洗って返します」

「……そうか」

「はい。本当にありがとうございます」

 美月はまた軽く頭を下げると、更衣室に向かおうと足を向けた。

「あ、ちょっと、古塚さん」

「はい、なんでしょうか?」

「あまり気にしないでね。あいつら、最近あまりに度が過ぎるから、ちょっと生徒指導の先生とか、他の先生にも相談してみるよ」

 二俣はいかにも深刻そうに眉をひそませると小声でそう言った。あいつら、というのはあくまでも野次馬の男子生徒達のことだろう。すれ違いざまに呟かれた部員の言葉は聞かれていなかったに違いない。

「私は気にしていません。ですが、部の全体に迷惑がかかることだと思うので、よろしくお願いします。では」

「あっ、古塚さ──」

「すみません、失礼します」

 まだ何か話そうとする二俣の言葉を遮るように背を向けると、美月は早足で更衣室へと向かった。少し気に障る対応だったかもしれないと思ったが、早く弓道着から制服に着替えてこの嫌な気分を払拭したかった。

 春休みに入ってすぐの練習日だった。もちろん授業はないので午前中の練習が終われば、そのまま真っ直ぐに家に帰ることができる。

 更衣室のドアを開けると、すでに先客が3人いて着替えながら話に花を咲かせていた。3年と2年の美月の先輩だ。

「お疲れ様です」

 挨拶をするも返事はかえってこない。仕方なく美月は頭を下げて自分のロッカーを開けた。

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